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目覚めた時私は一人だった。
周囲を見渡し部屋の隅々まで探し回ったがそれでもあの人の姿は何処にもいなかった。
数日ぶりの一人。
暗い地下の中で過ぎしてきたあの数年間の時にと同じ孤独感。
いや、あの時より大きな孤独感。
地下で過ごしていた時は上から物をくれたあの人がいた。
上の階層に上がった時は私に声をかけてくれたあの人がいた。
ここまで上がってきた道のりには傍にあの人がいた。
少女に孤独を忘れさせてくれた人、少女に会話する事の楽しさを教えてくれた人、そして少女に“星空を見たい”という夢を与えてくれた人。
常に少女の傍にいて生きる喜びを教えてくれたあの人の姿はもうそこには無かった。
本当の意味で一人になった事で、今までどれ程あの人に救われていたのか再認識する事になる……その筈だった。
しかし、少女はその孤独を感じなかった。
感じる事が出来なかった。
少女は失いすぎたのだ。
少女が国を守る為に戦い、力を振るったのは3回などでは無い。大きな戦い度に少女の中身は着実に失われていたのだ。
“味覚”“食欲”“声”所では無い。“嗅覚”“触覚”喜怒哀楽のありとあらゆる“感情”や“記憶”、今ではあの人の声を聴いていた“聴覚”すら残っていなかった。
少女に残されたのはその身と星を見る為の2つの眼のみが存在していた。
少女はひとしきりあの人を探したのち、何事も無かったかのように歩き出す。部屋を出た少女の顔にはもう何も未練はない、まるで最初から探し人がいなかったかのように。部屋を出た少女の記憶からは最早彼の姿はいなくなっていた。
何を目的にここまで歩いてきたのか不思議に思った少女は都の場に立ち止まり一枚の写真を取り出した。
下半分はもう見えなくなり上半分のみが移された写真。その写真には暗闇に輝く星々が記されていた。
少女はもう一度歩き出す。
目的は出来た。この星空を見に行こう。
森に囲まれた場所で、切り倒された丸太の上に座って空を見上げよう。"あたたかいこーひー"を手に天を見上げてじっと眺めよう。
"あの時"そう約束したのだから。
少女は自分の考えた事に疑問を抱いた。“あの時”とはいつの事を言っているのだろうか?
自分は目覚めてからずっと地下で過ごしてきた、だから自分が外の星空を知っているハズが無いのだ、だから“あの時”なんてものは存在しない。
それに今までずっと“一人”で生きていたのだ。
“約束”なんて誰かとするもの、自分一人では出来ないもの、だからコレもおかしい事だ。
少女は直ぐに矛盾点を修正した。そんなことは無かった。だって自分が知らない事なのだから。
“あたたかいこーひー”も“あの時”も“約束”も存在しない。
全ては無かった事なのだと。
“監獄塔”の第1フロア、ペタ…ペタ…と素足で歩く音が鳴り響く。
周囲の壁は白く、端まで見渡す事の出来る廊下の両サイドには扉が連なっており、その一つ一つが4人程入る事が出来る個室が存在していた。
部屋の中を覗いてみたが全てが無人の部屋になっており、このフロアには人所が生命の反応すら感じられない。
下のフロアにはあんなに沢山の生物がいたのに不思議な物だ。
そう言えば最後にやっつけたモノが何か言っていた気がする。
耳が聞こえないから何言っているか分からなかったけどいったいなんて言っていたのだろうか……分からない。何も思い出せない。思い出せないのなら気のせいかもしれない。そもそも下の階層には生物など存在しなかったのかもしれない。
少女はまた頭の中に浮かんだ何かを忘れた。
今大事な事は只一つ、“星空”を見に行く事だけなのだから。
暫く廊下を歩くと目的の場所にたどり着く事が出来た。
“監獄塔”と外を隔てる大きな扉の前に。
強大な鉄の扉の表面にはいつぞやの文字が刻まれており通常では開かない仕組みになっているようだ。
しかし、故障しているのかその文字に魔力が一切注がれておらず、文字通り只の鉄の扉になっていた。
この状態ならば能力を使わず普通にくぐる事が出来そうだ。
ふと今まで通ってきた通路を振り返る。
漠然とした予感なのだが何か忘れている様な気がする。
大切な何か、このまま外に出てしまっては後悔するような何か……。
暫くその場で考えてみるが何も思い出せない。
つまりいつもの気のせいだ。
そう考えた時ふと隣の制御室の中が気になり始めた。
扉に魔力が無いという事は誰かが魔力を切ったという事になる、そうなればここにその人物がいるのかもしれないと考えた。
だが少女はその様な事はありえないと知っていた。
何せこの扉の奥には生命反応を感じられないのだ。
扉を開け中に入ったが案の定中には誰もいなかった。
魔力供給源のレバーが下げられ扉が解放されていたが、誰かいた様子はそこには無かった。
その部屋にあるのは壁に付けられた機械群と部屋の真ん中に転がる四角いガラクタのみだった。
少女は何故かその箱が気になった。
何度考えて理由が分からなかったが、自分はプレゼントが好きだった事を思い出した。箱の中身が何なのかワクワクしながら明けた思い出があるからかもしれない。
気が付けば少女はその箱を拾い上げていた。
「………」
少女は再び扉の前へと歩きだす。
背後には黒色の翼の様なナニカを纏い、左手で先程拾ってきたガラクタの箱を掲げる。
扉の取っ手に手をかけゆっくりと押し開ける。
暫く使っていなかったのか、『ギィィィィイ』と金属のこすれる音と共に赤さびと土が降り注ぐ。
そしてその小さな隙間から地下を照らす灯りが少女のほほを照らしていた。