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 僕の頭上を無数の黒い刃が飛び交う。
 その刃は飛翔する鋭い嘴を持った怪鳥、自分達より三倍で買い四足歩行の獣、鉄をも切り裂く爪をもつ昆虫の様な何か。それら無数の獣に呈して放たれていった。そしてその刃の中心には彼女“アリア”の姿があった。
 この戦いの結果は僕の背後をご覧の通り。そこには先程までそこに居た化け物達の見るも無残な姿が横たわっていた。
 まるで理の外から来た暴力によって"じゅうりん"されたかのような死体の先を少女は今も宙を舞い、天を翔ける。そして向かい合うそれらに容赦なく己の刃を振りかざした。
 どうしてこの様な事になったのか、思い返してみてば長く……短くなる。
 
 
 第4フロアに上がるとそこは無数の道が交差する場所だ
った。
 第6フロアが“子供部屋”第5フロアが“物置”と例えるならばここは正に“迷路”と呼ぶにふさわしい場所だろう。
 そんな場所に足を踏み入れた僕らは案の定迷子になり、いたる独房の前を横切り続ける事になった。結果このような事になってしまった訳であって……。
 何と言うか床(天井)を切り裂き上がってきた処から、おおよそ戦う事が出来るのだと思っていたが、まさかここまでとは思わなかった訳でして、彼等(獣達)がいとも容易く返り討ちに合う光景を見る事になるとは考えもしなかった。
 向こうからしたら僕らは久しぶりに表れたおいしいご飯に見えたのだろう。前を横切るたびに独房の奥から全力で駆け寄り、力の強い者は牢を破壊してまでもこちらを追いかけてきた。
 そして追いかけてきた獣達は向ってくる度、少女の黒い刃を用いた巧みなナイフ?捌きによりこのような姿にビフォーアフターされてしまったのである。
 


 それにしても強いな……

 一匹一匹が僕からしたら裸足で逃げ出すレベルの脅威なのだが、そんな中をまるで貰いたてのおもちゃで遊ぶかの様に床を、壁を、天井を見邪気に駆け回っている。そして少女が駆け抜けた先にはこのような残骸が残っていた。
 この世の終わりの様な光景だが僕は自然と少女の後を目で追った。いや、少女の戦う姿に釘付けになった。飛び交う血飛沫の中、可憐に舞う黒い翼の少女を見た僕は不遜ながらその光景を“キレイ”と思ってしまったのだ。

 眺める事数分で全ての敵が片付け終わると少女は返り血を浴びたまま、こちらに歩み寄って来る。こちらを覗き込むようにして見つめた後、周囲をグルグル回りが出した。そして最後に今は切断された足の一本をじっと見つめ始めた。
 どうやら僕がけがをしていないか確かめていた様だ。
 先程殺りくの限りを果たした少女とは思えない行動を目の当たりにし、無い筈の胸が締め付けられる。

 

「大丈夫、どこもケガしてないよ」
 

 その言葉にほっと胸を撫でおろす少女。

 安心したのか黙って僕を抱き上げて奥へ進み始めた。

 最初の頃は僕も断っていたが、足が上手く動かない為、移動速度はかなり遅く、自分の速度に合わせると、次々と囚人が集まってきてしまう為やもうえず承諾した。
 因みに今僕らが向かっている場所はこの“牢獄塔”サブコンソールが置かれている下層管理フロアに向かっている。

 この塔の構造は6つのフロアがある事は分かっているのだが、お互い各々のフロアから外に出た事が無い為、まず初めにこの建造物の情報を集める為にソコに向かう事にしたのだ。
 壁の所々に案内板の様な物が貼り付けられている為、特に迷うこと無くその場所を目指す事が出来ているのだが、先程から襲撃に合い、一向にたどり着く事が出来ない。

 さまよう事数時間、僕らはようやく目的の部屋までたどり着く事が出来た。壁に欠けられている文字は消えかけているが辛うじて読む事が出来き、そこには“下層管理室”と書かれているのでここで間違いはないだろう。

 問題は扉の前に来たはいいが、その肝心の扉が固く閉ざされている。重要な機械類が入っているからか見るからに頑丈そうな構造になっており、更にその扉には何か青白く光る模様の様な物が浮かんでいた。
 

 幸いな事にこの光る模様には僕自身見覚えがあった。今まで幾度も見てきたという訳では無い。最近、ほんの数時間前にそれを目の当たりにしたのだから。
 視線を落とし少女の背中の“ソレ”に目を向ける。
 黒い翼の様に展開されている板状の刃のソレには細かくてよく見えないがこの扉と同様に細かな模様が記されている。“アリア”の持つこの刃に切り裂かれた物体は幼き少女の力や技量では到底思えない程鋭く、鮮やかな切断面を残す。刃が通ったというより元からそこで2つに分かれていたかの様に思える程だ。

 その原因は間違いなくあの模様が関わっているのだろう。となるとこの模様にも同様の効果があるのではないだろうか?あるいは他の“ナニカ”別の効果があるのではないだろうか?
 その“ナニカ”を知りたいが今はそんな場合ではない。まだ他の囚人がこの辺りを周回している可能性もある。ここでのんびり扉を見つめている訳にはいかないので。

 しかし、いったいどうやって……
 一人頭を悩ませていると少女は僕を床に下ろし、扉の前に歩み出した。

 そして次の瞬間……

 

『ガシャン!!』
 

 目の前の扉に向かって背中の刃で三太刀浴びせ扉を蹴り飛ばした。
 三角に刻まれた扉は、いとも容易く内側に転がり、少女が出入りできる程の小さな入口が文字通り切り開かれた。

 少女はぐるりと振り返り、満面の笑みでこちらを見つめる。
 

「うん、大変よく出来ました…」
 

 そう答えると少女は満足したのか、僕を引き連れ扉の中に入っていった。“出来れば足で開けるのははしたないから止めましょう”とはあの笑顔の前では言う事が出来なかった。
 
 
 扉を抜けた先には想像していた通りの光景が広がっていた。壁には無数のモニターが張り付けられ、それを動かす為のケーブルが天井を埋め尽くしている。中央には巨大なテーブル、モニターの反対側には書物や資料が保管されている棚が存在していた。
 モニターは所々消えているがまだ起動している物を見てみると第4フロア~第6フロアが確認出来るようになっていた。ここで僕らの行動を逐一確認……監視していた者がいる事になるのだが……。
 周囲を見渡してもそれらしき者は誰もいない。それ所が長年使われていなかったかのようにテーブルや機材の上には埃がかぶさっている。
 点検もされていない事から見てもここで“ナニカ”があったのは間違いないだろう。

 

 僕が目覚めた3年前、若しくはそれよりもっと以前にその“ナニカ”が起きたに違いない。
 

「取りあえず外に出る為に構造図を確認してみようか」
 

 そう声をかけたが少女は後ろの本棚にある本が気になるようでこちらの声は届いていない様だ。何か興味を惹かれるものがあったのだろう。暫くそっとしておいてあげよう。
 目の前の端末に上り作業に取り掛かる。

 殆どの機能やファイルは管理者権限によってロックされているが、この“監獄塔”の各フロアについての資料を見つける事が出来た。
 
 

【監獄塔フロア案内】
第1フロア:フロア管理室
第2フロア:α症候群
第3フロア:β症候群
第4フロア:λ症候群
第5フロア:保管隔壁
第6フロア:天使の部屋

 気になる事がいくつかあったが一番最初に目に飛び込んだのは一番下の文字“天使の部屋”だった。

 第6フロア、つまりあの子“アリア”が収監されていた場所になる。5フロアの端末で確認した時はあそこにいるのは最も凶悪な囚人が収監されているとの事だった。しかし、ここでは全く逆の言葉で記されていた。
 一度少女の方に目を向ける。本を
探し疲れたのか、それとも先程の戦闘の疲労が溜まっていたのか本を枕にして眠っていた。背中に浮遊する板を本物の翼の様にキレイにたたみ寝る姿は文字通り天使の様にも見えた。

 だが、この文字の意味は全く違う物、もっと単純で明快な理由があるように思えた。

 少女について他に調べる前に次に目についたのはαβλの文字、そして記号の後ろに通ずる病名に使用される症候群の文字。

 3つの病気に隔離するように区分されたフロア、その下に更に隔離するように作られた部屋“天使の部屋”そして“監獄塔”という名前と囚人という呼称。更に正体不明の症候群と言われる未知の病気。

 

 何が正しい事なのか分からなくなってきた。

 只一つだけ確かなのはこの場所は異常であるという事だ。
 
 “監獄塔”について調べる事を終わった僕はすぐさまにもう一つの調べ物を始めた。
 それはここの壁や少女の刃にも刻まれていたあの模様についてである。自分が目覚めてからずっとあのような模様を見た事が無かった。少なくともこの施設においては特別な役割を果たしている物になるのだろう。なんせこんな大事な場所を守る為に刻まれていたのだから。


 端末の端から端まで確認してみたが得られる情報は一切ない為、早々に諦めすぐさま文献での確認に移行する。


 眠る少女を横に橋から順に書物をあさり始める。こういう時機械の体は休息を取らなくて便利である。今は特に時間が惜しい、少女は休息を終えると恐らく直ぐに進もうとするだろう。出来るだけ情報を収集して……資料を片っ端からめくっていくと至る所に同じ単語が出てくる事にすぐに気が付いた。

 “魔法”そして“魔女”という言葉だ。
 

 この世界には魔法と呼ばれる概念があるらしい。殆どの人類は大なり小なりその力を行使する事ができ、人々の暮らしは魔法ありきで成り立っているようだ。生活や政治、軍事や祭事等全てが魔法を用いて行われている世界、それがこの塔の外に存在する本当の世界だという。
 そして、そんな世界の中でより強力な力を行使する事が出来る存在、その者を人々は尊敬の意を込めて“魔女”と呼んでいた。
 
 ここの資料にはその魔法というよりは“魔女”という存在について色濃く記載されている。
性質、年齢、身長から体重、出身地、そして使用する魔法まで。
 ここに記載されている魔女の呼び名は“破滅の魔女”。文字通り触れた物を破滅へと導く強力な魔法を使用する女性であった。
 彼女の使用する魔法は物体に文字を刻む事でどのような経過を踏んだとしても最終的には破滅へとつながる、強力な“呪い”と呼ばれる性質を産物に持たせる能力であった。  

 その能力は無機物も生物も何にも捕らわれる事は無く、そこに存在している物には終わりがあると定義し、その終わりを強制的に引き起こすとの事だ。
 つまり彼女がそれに触れ、文字を書き込むだけでそれは既に万物の定義を終え、無に帰るとの事らしい。
 ありとあらゆるモノを終わりへと誘う魔法を行使する魔女、故に“破滅の魔女”と呼ばれるようになったとの事だ。

 

 そんな魔女が何をしたかと言うともちろん生産などではない。隣国からの脅威や魔獣の脅威からこの町を、国を守る為に軍事に関わり、英雄として、守護神として戦い続けたとの事だ。
 
 一度資料から目を離し少女の方に目を向ける。
 この少女が使用するこの黒い板はどうなのだろうか?
 この黒い刃に刻まれたこの模様は実は文字なのではないだろうか、そしてこの文字は“破滅の魔女が記載した物では無いのだろうか、それを使用しているこの少女は“破滅の魔女”その者なのではないだろうか?と、頭の中で出るハズの無い自問自答を繰り返す。

 

 “破滅の魔女 ”

 こちらの心配事を全く気にしていない少女は寝返りをしながらすやすやと眠り続ける。

『      』

 

 その寝言を見た自分は考えを改める事にした。
(この子は違う、“破滅の魔女”では無い。いや、仮にそうだとしてもこの子はこの子だ。他の何者でもない只の“アリア”だ。少なくとも自分の中では、それでいいじゃないか)

 

 気が付けばそこには地下で出会った少女を最優先に考えている自分がいた。
 何て皮肉な物だろうか、人の真似事をしている自分が少女の親であるかのような錯覚に陥るなんて。


「なんておこがましい……」
「………」

 

 気が付けば少女は目を覚ましており、目の前まで顔を近づけてこちらを見つめていた。


「どうした?」
 

 ピクリとも動かない少女に声をかけると少女は嬉しそうに笑い立ち上がった。少女の背後には依然とその黒い刃が浮遊する。その板には先程資料で見た様な文字が刻まれているのが再確認できた。
 だがそんな事はどうでも良かった。

 今一番優先すべき事は少女と共にここを出て星を見る事なのだから。


「じゃあそろそろ行こうか」
「………」

 

 その先に広がる星空を夢見て僕は少女と手をつなぎ次のフロアへと向かう。
 
 その選択が正解なのか過ちなのか、もはや誰にも分からないだろう。だが、もう少し、あと少し少女が目覚めるのが遅ければ未来は変わったのかもしれない。

Presents:​星屑コノハ

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